
↑は、正確にはM2カービンです。セレクターの凹みが有ります。
youtube でアメリカのビデオを見ると、第2次大戦中はカーバインと発音していますが最近の撮影ものでは カービンと発音していますね。
登 場

12月発売とありますので昭和46年の終わりに誕生したようです。
「モデルガン規制対象外製品」と、あるのは拳銃タイプが46年規制によって黄色、銃口閉鎖に された法律改正のことです。当時の改正は長物には適用されていませんでした。
この年のCMC は、46年規制のせいなのか、M1 カービンに引き続きウインチェスター92、レミントン カービンと長物付いています。
広告写真をクリック拡大すると分かりますが、初期の製品はボルトやハンマーがスチール製でした。 別の号の広告には予備マガジンは売りませんとも有り、かえって実銃ぽい宣伝になっています。 多分に六研のM1カービンを意識していたのではないでしょうか?
もっとも製作者は同じ六人部氏ですので似た構成になるのも道理でしょう。

初期型リアサイト

写真の右 2つです。変更後は左のように実銃のM1 カービンを真似たリアサイトに変更されました。
これは、想像ですが1969年頃に登場した六研製の鉄製M1 カービンのリアサイトがそうなっていたから ではないでしょうか?亜鉛でパーツ作るよりも軍用銃ならパーツも多かったことでしょうから 払い下げ品を使って安く仕上げるために倣ったのではないかと思います。
最初期型モデル

比較のマガジンポーチが付いている物は、smG初期の製品です。

ボルトは、ラウンドタイプですね。スチール製でしょう。
リアサイトがスプリングフィールド・ライフルの実物を使用しているので
右のsmGモデルに比べて短いですね。
上の写真は友人の物を撮影していますが、ご指摘を受けまして、確かにセレクターの切り欠きが存在していますね。
おかしいですね。あとから削ったものかもしれませんね。ちなみに私の物が右写真で、セレクターの切り欠きは存在していません。

自分で書いていて忘れていましたが、CMC のM1カービンの最初期型は実銃のストックを使用していると 六人部さんがおっしゃっていた記事を見ました。そうだった、だからM2用の実銃ストックが使用された一部のモデルガンには セレクターの切り欠きが存在したんだ、と納得いたしました。
匿名様、貴重なご意見、お写真頂き有難うございました。

初期の物はストックの下部にCMC 刻印があります。
フラットボルト・モデル

実銃ではボルトは3タイプ存在していて、1と2がM1 ガーランドのようなフラットタイプです。
強度を増す意味でタイプ3からは、ラウンドタイプになりました。おおむね1944年からラウンドタイプです。
いまわかっているCMC バリエーション。どうもsmG までは実物リアサイトのようです。
型 | 特徴 | 時期 |
---|---|---|
1型 | リアサイト実物、ラウンドボルト | 1972年 |
2型 | リアサイト実物、フラットボルト | ? |
3型 | ラウンドボルト、Fプレート垂直 | 1978年 smG前期 |
4型 | ラウンドボルト、Fプレート水平 | smG後期 |
5型 | ロータリーボルト、フラット | 最終型1984年 |
ロータリーボルト・モデル

亜鉛製ですと強度的に無理だったのでしょう。リアルなモデルガンは、smG規制以降は、簡単にスチールパーツが使えなくなったので
実物に似せるほどに壊れやすくなるというジレンマを抱えていました。
ロータリーボルト・登場広告

1984年2月号(昭和59年)のGun 誌に登場広告がありました。
マガジン各種


また、今回マガジンパウチに入れるためにタナカのM1カービンのマガジンを購入したのですが、
smG前期型には入れることが出来ませんでした。形状はタナカの物が実物そっくりです。
CMC最終型(ロータリーボルト)にタナカのマガジンが使えるのかどうか
ご存じの方がいらしたら教えてください。
と、言っていましたら写真をいただきました。
有難うございます↓。
2024.7 追記


吉村様より写真をいただきました。左がCMC 最終型で右がタナカ製で互換有りだそうです。 また、写真のようにダミーカートも装填できています。
貴重な写真頂き有難うございました。またいろいろ教えてください。
メ カ


パラトルーパー登場

アクセサリ

この第2次大戦中にストックにはめていたパウチは、もともとはピストルベルト用です。
ベルトに止めるスナップボタンが内側に付いています。それが、戦場でストックにはめて使われた物です。
自分はBOYT 社の実物製品が欲しかったので、シカゴレジメンタルで高い物を買いましたが
レプリカ品でも同様に使えるでしょう。
第2次大戦モデルへ変更

この写真を見ると判るように、M1 カービンの第2次大戦中の物にはピープサイトが付属していました。 モデルガンのようなサイトが付くのは、1944年からなので、コンバットでドイツ軍と戦っている ヘンリー少尉は、銃剣装置のないピープサイトのM1カービンを持っているのが本当でしょう。

こちらに用意した物は、レプリカ品ですがタイプ1のフロントバンドとピープサイトです。 PKミリタリアさんで買いました。上にも書きましたが、着剣装置の付いたフロントバンドは3型と呼ばれる物で1944年以降ですので 大戦中は銃剣が着けられないM1カービンばかりだったはずです。また、ピープサイトは1型と呼ばれ、2型は MGC がモデルガン化している物でCMC のリアサイトは、3型になります。

CMC のバレルは、叩き込まれているだけなので着剣装置部分を木槌でコツコツやってバレルを外します。 レプリカ品のバレルバンドは、そのまま使用できました。

リアサイトはネジで留まっていますのでバラさないと外せません。

レプリカのピープサイトはCMC のミゾよりも大きかったので2mmくらいサイトの方を削って 叩き込みました。やったぜ、これで大戦中モデルの完成です。えっ?ハンドガードの穴も1個にしろって?? ボルトはフラット型やっ!って??うーーん、そのうち考えます。

http://model1911.blogspot.jp/2013/06/inland-m1-carbine.html
ww2 写真
Schutze600 さんから興味深い写真をいただきましたので、掲載させていただきました。ネット収集したもので元の掲載者の了解は得ていないのでクレームが来たら消しますので興味ある方は保存しておいてください。以下の解説は Schutze600 さんです、私は詳しくありません。
タイプ2のフロントバンドとアジャスタブルリアサイトが付いています。
セフティは初期のプッシュタイプ。
これより先の記録写真にアジャスタブルサイトが写っている写真はコレクターの間でも
確認されていません。

-
第89歩兵師団の兵士であることが判明しました。
ネタ元 ↓
https://www.thearmorylife.com/in-memory-larry-ruth-renowned-m1-carbine-historian/
注目は、ストックがオイラーのIカット付きの最初期タイプであること。
最初期タイプストックについては、海兵隊では1943年の末期まで使用されています。
ジャケットは、裾の長いM41の極寒バージョンで生地がタンカージャケットと同じ厚いサージ
になっています。ジャケットが明るいカーキなのに対して、M1カービンのマグポーチや
ヘルメットのストラップが、43年後期から採用されたオリーブグリーンなのが大戦末期を
表していると思います。
ハワイのマウイキャンプで19945年2月に撮影された第4海兵師団23連隊の集合写真。
手前の2名のM1カービンにバイヨネットラグが付いています。彼らは、この翌日、硫黄島に
送られました。

フィールドメイドのラグをM1カービンのバレルに溶接し、M1ライフル用銃剣を装着しています。

この兵士、帽子に中尉の階級章を付けているので、ペーペーではなくお偉いさんです。
ヨーロッパでは上半身裸の将校はいないでしょうが、海兵隊の戦域はとにかく暑いのです。

単に保持できるだけではなく、撃ち終えたら、マガジンを抜いて上部に押し入れれば、 下のマガジンが定位置に出てきて、下から叩き込めば瞬時に装填完了となる便利グッズ。
撃つのに邪魔になるくらいかさばるので、多分、アイデア倒れに終わったと思われます。

恐らく、バットストック部分もカットされていると思われます。
狭い戦車内への設置を想定して改造されたと思われますが・・・
実際は、米陸軍は、1944年9月にグリスガンをM4A3シャーマン用備品として指定しました。
1車両に付き、搭乗員分の5丁と、一人当たりマガジン5本入(150発の弾薬)のマガジンバッグ
5個の砲塔内装備を指定しています。
資料↓Guide Lamp のPDF をぜひご覧ください。
兵士の服装は、ライトODのHBT上下ですが、目の細かいヘルメットカバーと2バックルブーツを履いているのが
大戦末期を表しています。
バイヨネットラグが大戦末期、確実に使用されていたことを示す動かぬ証拠写真。
ただし、表題のようにM1 カービンのことだけ書いています。 そこまで知りたくはなかった・・と後悔します?
私のページにも詳しく書いています。是非ご覧ください↓
Comprehensive Guide to the M1 Carbine
5分くらい有ります。
昔の米軍のビデオでしょうね、たいへんわかりやすいです。
http://90thidpg.us/Research/Original/M3intheETO/index.html
大戦末期(1945年4月以降)、M3ハーフトラック内で無線を傍受する通信員。
アジャスタブルリアサイト、タイプ1フロントバンド、プッシュタイプセフティ、初期の2ndタイプのストックが
鮮明にわかるM1カービンです。
1945年10月、米陸軍本部から発表された公式写真です。
写真裏にキャプションがついており、それによると・・・
「濃霧のため、このボーイングB29 "スーパーフォートレス”を不時着水させることが、搭乗員にとって必要なことだった。
この機は、日本の東京への任務からの帰還中で、負傷者が搭乗していた。地上の兵士は、爆撃機の装備品が
盗まれないように警備中である。 硫黄島、小笠原諸島 1945年5月」
カタログ
CMC M1 カービンは息の長いモデルとなり、最終的にはロータリーボルトの再現までされて
M 1、M 2、パラトルーパー、スポーター とバリエーションも多く誕生しました。
また、CMC 解散後はタナカが引き継ぎ販売されました。
写真は昭和54年(1979年)のCMC カタログVol.4 からです。
参考資料
U.S. M1 Carbines, Wartime Production by Craig Riesch という本ですが、M1カービンの
バリエーションのことを「そこまで知らなくても良いです」と、いうくらい詳しく書いています。
このWEB ページの知識は、すべてこの本からの頂き物です。
A4 よりも小さな本で、ほとんどがモノクロ写真ですが
その情報量は、本物です。米国のamazonから購入しました。もう一冊別の本とともに買って、送料は850円でした。
M 2 カービンのことは何も記載がありません。
こちらも超絶すごい資料です。
アマゾンでM1 カービンの神本 を買う
おまけ
旧型
smG型
smG・ロータリーボルト型
ビデオ
参考・実銃 M2解説ビデオ