
モデルガン創世記の一級品資料ですね。
お忙しい中、あつかましいお願いに快くしていただき、たいへん有難うございました。
とびら写真のカタログは、自分でイメージして勝手に作った物で、オリジナルはモノクロだそうです。
各ページのサムネイル写真をクリックすると大きな写真を別ウインドウに開きます。

1962年初頭にはコルトスペシャルが実際に販売されていますが、このカタログのコルトスペシャルは、まだ 未完成状態です。したがってカタログは1961年春ごろの発行だと思われます。
これまで、マテル・スナブノーズ、マテル改良ブラックホークなどを作ってきたMGCは、この年に初の本格的動作の モデルガンを生み出します。

まだMGC は販売をしておらず、製造のみで販売はコクサイ・ガンクラブをはじめとする商社が行っていました。

モデルガン誕生

モナカ構造のオリジナル・ヒューブレーの外観だけそのままで、中身を完全に作り直した物です。 バレルを付けて、マガジンを製作し装てんできるようにしています。
↓ネットで見かけた写真では、カタログ写真とはトリガー形状が違っています。


MGC は、このあと同じくヒューブレー改造の発火式コマンダー、ベレッタ、P-38 を製造します。
コマンダーは、発売禁止になりました。
そのあとにワルサー VP-2 が初のオリジナルモデルとして登場します。


1962年3月号の拳銃ファンですが、最後のページのコクサイの広告にMGC・コルトスペシャルが載っています。
その他の外国製CAPガンが500円から2,500円なのに対して、4,200円という高額商品でした。
昭和37年の平均月収は、45,000円くらいですので、今は10倍と考えますとこのMGC コルトスペシャルは、 4万円以上クラスでしょうね。ランパントやエラン並みの高級品だったのでしょう。

これらのCAPガンは、中田商店が大量に輸入していました。
1961年の貿易自由化の前から独自のルートを通じてCAP ガンを輸入していた中田商店・中田忠夫氏は日本モデルガンの 生みの親だといえます。


本格的なモデルを手にしたいけれど、そんな製品はこの世に存在していない頃でした。
自分たちで作るしか無かったのです。

ウインチェスターとシックスシューターライフルは、マテル社の製品です。
ローリングブロックは、よく判りません。





CAPガン用のホルスターには、やたらと飾り鋲が打たれていましたが、 この写真で見る限り見当たりません。


今日はエアソフトガンの時代になりましたが、なぜ精巧なエアガンが作り出されたのかをたどっていくとモデルガンに行き着きます。
では、なぜ日本で精巧なモデルガンが作られるようになったのか?
その答えがこのMGCカタログNo.1で見えました。
中田氏の輸入したCAPガンを元に、「もっと本格的なものが欲しいんだっ!」と叫ぶ若者たちのエネルギーが、モデルガンという独自の製品文化を生み出していったのでした。
ねこおじさん様、たいへん貴重な資料を公開していただき有難うございました。
古いレコード

古いレコード収集です。
キーハンターの主題歌を歌っているのは、今ではおばあちゃん役の野際陽子さんです。
若かったんですねー ・・・って、ボクもこの頃は、少年だったんですが・・・。