|
1893年(明治26年)国産初の拳銃が陸軍に正式採用された。年号から二十六年式拳銃と命名された。
口径は日本独自の9mm弾。 村田小銃が国産初として採用されたのが明治13年であるから拳銃の採用まで13年経っている。 軍隊の中で拳銃は兵器としては重要視されていなかった。
十四年式拳銃採用の1925年まで制式拳銃であった。製造は1935年まで行われ、のべ59,000丁あまり製造された。
|
|
それにしても凄いコンディションだ。こんなに綺麗な物も残っているのだと驚いた。
ほんの少し前までちょんまげを結っていた時代の人たちが作り上げた物だ。 現在の評価は、決して芳しくはないが私は良く創られていると思う。 開発には、数年を要したようだ。当時海軍がS&W No.3 ラシアンモデルを採用、輸入していたので 陸軍でも制式ではないが使用された。その関係で設計の際は随分と参考にしたと思う。また、書籍には オーストリアのRAST & GASSER リボルバーに良く似ていると書かれているが 私はフランスのMle 1873 に良く似ていると思っている。
|
こちらのイラストがS&W ラシアン・セカンドモデル。トップブレイクの構造とラッチが良く似ている。
S&W No.3 はラシアン・サード、ラシアン・ニューモデルなど16,000丁が輸入された。
|
こちらはフランスのmle 1873 11mm口径リボルバー。日本陸軍はその組織形態や兵器のモデルを
フランス軍に求めている。当時のフランスは世界各国に植民地を持つ銃器先進国であった。村田銃もフランス小銃を参考にしている。 この銃のホルスターは、そのまま二十六年式のホルスターとしてコピー使用され その後の南部式、十四年式のホルスターに通じるハードシェル・ホルスターの先駆けとなった。 サイドプレート形状やランヤード部分など良く似ている。この銃はスイングアウトもトップブレイクもしない古い銃だ。 コルトSAA のように使う。フレーム下部から部品を入れる銃が多い時代に大きなサイドプレートを作り メンテナンスがしやすい革新的な製品だ。二十六年式の設計者の机には、この二丁が置いてあり、一日中 眺め、触っていたのではないだろうか?
|
|
こちらはグリップ模様が横じまの製品。上の写真よりもシリアルが古いがサイドプレートは
ピッカピカの凄いコンデションだ。書籍やWEB によると横じまグリップは東京砲兵工廠で
修理を受けたモデルに装着されたとあるが、そうなのかも知れない。この写真のモデルは
サイドプレートが新品のようだがバレルには使用痕がある。
|
|
もともと騎兵が片手で操作すると言う発想のためかダブルアクションのみである。
また、口径が44くらいの物が軍用に採用されていた時代だ。9mm=38口径というのは
護身用という発想だったのかもしれない。
|
|
オリジナルハンマーは美しいブルー仕上げだったらしいが、これは普通だ。当ページ1枚目、2枚目の写真が
そうなのか、光りの反射でそう見えるのかは良く判らない。
|
|
二十六年式のホルスター。右が大正15年製、左は昭和5年製。フランスのホルスターは形状はそっくりだが
クリーニングロッド入れが無い。また、口径が11mmと大きいため予備弾丸入れ1列目が6発である。
↓参考ページ、フランス1873用レプリカ品 http://www.ima-usa.com/product_info.php/products_id/629
|
|
ラッチ構造はS&W No.3 にそっくりである。この方式は、大口径には強度に問題があったのか
S&W ではのちにスコーフィールド少佐の改良案でフレーム側に変更されたモデルも存在する。
|
|
ラッチ構造のアップ。微妙にカーブを描いている。ここの摩擦抵抗のみで止まっているので
大口径では、いまいち心配だったようだ。その点ウェブリーは、外から押さえ込んでいるので
大口径でも心配なかったであろう。
|
閉鎖を確実にするためにラッチ上に突起があり、ハンマー撃発の際はここにハンマーが噛み込む。 S&W No.3 モデルでもごく早い段階からこうなっている。
シリンダーストップはトリガーと一体なのでハンドの具合で回転が合わない時には写真のように
シリンダストップ部分に傷が入ったと思う。この程度のずれでは発火は出来たと思うが、回転拳銃で
シリンダストップ位置がずれるという事は、不発=やられる 可能性が高いのでシリンダストップは
トリガーと別部品が良い。
|
|
うぉお、なんだか鉄瓶を思わせる素晴らしい仕上げだ。このトリガーガードを前方に起こす事によって
サイドプレートを開く事ができる。ドライバーを使わずにメンテが出来るようにした
設計者の工夫である。
|
|
トリガーを起こすところやサイドカバーを開けるところにもちゃんとチェッカーが施されている。
日本軍の武器にはこういう所が多いので外国人でもコレクターは多い。生産性から見ると
無駄であるが。 左右のグリップの厚さの違いが良く判る。トリガーガード後方の爪はフレームに生えている。
|
ランヤード部分には刻印がやたらと打たれている。フレームと一体である。
|
|
二十六年式拳銃は、コケにされることが多いが私は日本初の拳銃としては良く出来ていると思う。
よくここまで絞り込んだ物だ。ダブルオンリー、メンテが道具要らず、部品が少ない。
近距離での護身用としては完成されていると思う。ただし、弾薬の径が9mmジャストなのに
銃身内の山径が9mmなのでさっぱり当たらないらしい。いくら近距離用でもここはいただけない。
銃器設計班と弾薬設計班、銃身製造班に行き違いがあったのだろうか? この銃のライフリングは普通のミゾではなくポリゴナルかメトフォードか、そういう種類のものであったと記憶しているのだが、この写真で見ると普通のミゾ型のようだ。記憶違いかもしれない。
国立公文書館 アジア歴史資料センターのWEB で二十六年式で検索すると多くの文章が出てくる。
払い下げや譲渡の書類が多いが一体誰にあげていたのだろうか?
国立公文書館↓
レファレンスコード:C03011619500、故障比率文章、撃発不良が多く見られる。
日本初のテレビや自動車、洗濯機などからしてみれば、この時代に、この拳銃の出来は
|