リボルバー拳銃名鑑
原 型 フリントロック式 | |||
1818年 |
![]() コリアー フリントロック リボルバー |
ロンドン在住のアメリカ人コリアー氏(Elisha Collier )によるフリントロック式レボルバー。5連発。
1818年特許で1820年頃に製作された。引火しやすいフリント式なのでしっかりと
カバーがされている。精密な加工で高価だったため普及はしなかった。数百丁のみ製造。
シリンダーは手動で回転させる。連発拳銃が多銃身で模索されていた頃、今日のような
シリンダー形式を考案した事は歴史に残ったが、 パーカッション式が出現してきたこともあり 商業的には成功していない。
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創成期 パーカッション式 | |||
1834年 | ![]() ペッパーボックス |
ETHAN ALLEN 氏によるペッパーボックスGun。 米国では、かなり有名らしく商業的にも成功した。様々なタイプあり。 ダブルアクション、シリンダー回転、シリンダー固定といったメカニズムを 含んでいた。カット図は想像でかなりいい加減。概念のみ得て欲しい。 ピンク色のピンは動かない位置。
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1836年 | ![]() パターソン・コルト |
.31〜.36口径、5連発。若干22歳のサミュエル・コルトによる近代リボルバーの元祖。 パターソン市にパテントアームズ社を作るも1842年倒産。 価格が高く(ペッパーボックスの数倍)商業的には失敗した。 カット図を見れば判るがこの時代はシリンダーを銃身、リコイルプレートで挟んでいるだけ。 トリガーはハンマーをコックしたらフレームから降りてくる。ライフリングもあった? |
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1847年 | ![]() コルト・ウォーカーモデル |
アラモ砦で有名なテキサス独立、併合に端を発した
メキシコ戦争のために米陸軍ウォーカー大尉により発注された。.44の大口径と6連発を要望し
完成したモデルは9インチバレルで全長40cmあったと言うから相当に大きな銃である。
このモデルは好評で追加注文も受けたコルトは翌年コルトマニュファクチャリング社を設立。
現代まで続く軍需発展の礎となった。コルト氏34歳。なお、当モデルを受け取ったウォーカー大尉
は、その4日後戦死した。
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1851年 | ![]() コルト・M1851ネービー |
.36口径、6連発、8角銃身、全長33cm 初期型はトリガーガードが角。コルト・パーカッションで一番売れたモデル。 ローディングレバーにキャッチが付いた。サミュエル・コルト自信作。 のちの南北戦争でも両軍に多数使用された。 当時36口径の銃はみなNavy と呼ばれていた。 ちなみに44口径の銃をアーミーと呼ぶ。 この銃は、コルト・ロンドン工場でも生産された。 時期から言うとペリーが徳川幕府に贈った銃はこれと思われる。 |
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1855年 か 1856年 |
![]() Beaumont-Adams 4th (William Tranter) |
.44口径、5連発、英国 ウィリアム・トランター作ロバート・アダムス社による初のダブルアクション銃が世に出た。 当初はダブルトリガーであったが4th モデルでシングル・トリガーになった。 ロシア・トルコのクリミヤ戦争にも使用された。白衣の天使ナイチンゲール が活躍した時代。 |
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1860年 | ![]() コルト・M1860アーミー |
.44口径、6連発。ずいぶんと軽量化されたが基本機能は変わりなし。 1861年に奴隷制度の対立から南部の州が独立内閣を起こし南北戦争が勃発。 このためコルト社は大儲けしたが、1862年大金持ちになったサミュエル・コルトは 働きすぎて体をこわし、亡くなる。47歳。 |
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1863年 | ![]() レミントンアーミー |
.44口径、6連発。 南北戦争で銃が足りずレミントンも大量に使用された。 この銃はコルトのオープンフレームと違い今日のようなソリッドフレーム採用。 しかしグリップ部分からすべてが一体であり製作しにくそうだ。 拡大図で水色の所が一体フレーム。グリップはコルトの一体型に対し2分割された。 以後、陸軍の推奨もあり、フレームが強固なソリッドフレーム銃の時代となる。 レミントン社は ELIPHALET REMINGTON の死後1900年ごろ破産し弾薬メーカに買い取られ現在に至る。 |
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金属薬莢式 | |||
1857年 | ![]() S&W Model 1 (Firstイッシュー) |
.22口径リムファイヤー・カートリッジ使用。 世界初の金属薬莢式拳銃。7連発。 学究肌のスミス氏と行動派で厳格なウェッソン氏が組んでS&W 社としてスタートしたのは 1854年。ロケット式のボルカニック弾を経て金属薬莢式弾薬の開発に成功する。 コルト社の回転拳銃のパテントが切れるのを待って満を持して新式弾とその発射銃モデル1が登場した。 リボルバーの雄S&W 社のスタートとなる。この弾は.22ショートとして現在も使用されている。 |
初期 |
1861年 | ![]() S&W Model 2 アーミー |
.32 ロング(リムファイアー)、6連発。 金属薬莢式は大ヒットとなったが軍用にはもっと大きな口径が望まれ 開発された。装弾数は1発減った。フレームも鍛造鉄になり、サイドプレートも大きくなった。 アーミーとは言うが制式採用はされていない。南北戦争で製造が間に合わないほど売れた。 1866年坂本龍馬が寺田屋で5発撃った銃はこのモデルと思われる。シリンダーを取り落としたというから 再装填しようとしたみたいだ。 |
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1870年
1872年 |
![]() S&W Mod3 アメリカン・モデル
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.44 SW センターファイアー、6連発。 大口径化のためフレームを強化しトップ・ブレイクとなった。当初リムファイアーで開発されたが 陸軍の要請により.44 SW センターファイアー弾使用となった。アメリカン・モデル。 カット図は、分解図を見て想像で描いたので不正確。
ロシアからの注文によるラッシァン・モデルは明治の日本国海軍にも
壱番型拳銃として導入された。弾薬も強化された。拡大図はラッシャン・セカンドモデル・日本海軍納入。 |
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1873年 | ![]() コルト・SAA |
.45 Colt 6連発。
コルトの初めてのソリッドフレーム銃は歴史に残る作品となった。
S&W 社の特許のおかげで金属薬莢式Gun を作れなかった。その間コンバージョンキットで凌いでいた。 世は南北戦争も終わり安定した東部から西を目指し大開拓時代の到来であった。 トライアルでS&W モデル3を降し陸軍制式拳銃となり20年間維持し続けた。ネイティブアメリカンとの 戦い、無法者の鎮圧などで世間ではピースメーカーと呼ばれた。 イラストは、のちの無煙火薬用強化フレームタイプ(ネジがある)。 |
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1887年 | ![]() ウェブリー Mk.I |
.455口径。
イギリス初の陸軍制式拳銃。 植民地での実戦を経験している英国はストッピングパワーを最優先に大口径を選んだ。 ウェブリー社はその後1897年に合併しウェブリー&スコット社となる。 この拳銃は好評でウェブリー&スコット社はその後38口径のエンフィールドに変わるまで40年近くも このシリーズで軍正式拳銃を供給した。 銃のシリンダーの先にある三角形のプレートは何の役目か?ホルスターから抜きやすいようになのかも? |
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1889年 | ![]() コルト・M1889ネービー |
.38ロングコルト、6連発。
今日に見られるスイングアウト式ダブルアクション登場。
1889シリーズはM1902まで続き、シリンダ左回転、銃の右側に分解プレートがあった
(現在のコルトとは反対)。板バネも2枚使用されていた。 1892年陸軍に採用されSAA の後継となるもフィリピンでの殺傷力の弱さから 45口径・自動拳銃へと変わってゆくことになる。
拡大イラストは1892ネービー。パクリ場所↓ |
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1893年 | ![]() 二十六年式拳銃 |
9mm、6連発、日本。明治26年、兵器の国産化を急ぐ陸軍に採用。
当初は騎兵用として片手発射のみ考え、ダブルアクション・オンリー。
1935年まで6万丁あまり生産された。ウェブリーのコピーとの酷評もあるが
ラッチはS&W に似ている。サイドプレートはヒンジで開くようになっている。
これはこれで近距離用殺人機械として機能を絞り込み完成されていると思う。 1936年(昭和11年)世界恐慌のさなか青年将校によるクーデター「2.26事件」で使用される。 首謀者17人は死刑になるが、世は大日本帝国と国号も変わり、軍事国家へと進んで行く。 Gun誌レポートによると銃身山径と弾頭径が同じなので「さっぱり当たらない」とある。この拳銃登場の当時は鉛弾頭で発射の際にガス圧で広がるためで、現代のようなフルメタル弾ではライフリング効果が出ない。
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1896年 | ![]() S&W ハンドエジェクター1stモデル |
コルトに遅れる事数年、S&W社初のスイングアウト式。 32口径、6連発。I フレームと呼ぶ小型ソリッドフレームはすぐにJ、Kと 大型化してゆく。シリンダストップがチップアップ式のようにフレーム上部にある。 このモデルの出現により、のちの38口径Kフレームというヒット作を生み出す。 M1903 は32SW ロング弾だがファーストモデルは32SW なのか良く判らなかった。 |
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1899年 | ![]() S&W .38 ミリタリー&ポリス |
38スペシャル。 6連発、Kフレーム。 当初は38ハンドエジェクター・ミリタリー&ポリスと呼ばれた。 38ロング・コルトのケースを長くし、火薬、弾頭ともに増量して完成した 「38SW スペシャル」弾とともにデビュー。現在でも最もポピュラーなリボルバー弾となる。 1904年に丸かったグリップが角を持つように変更された。1906年、生涯現役であった創業者 ウェッソン氏はこの世を去る。81歳。 図はM1905 |
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1915年 | ![]() ウェブリー&スコット Mk.VI .455 |
第一次世界大戦中の1915年採用。455口径、6連発、英国。 サイドプレートがない一体型フレームは製造しにくく1922年軍使用弾が38口径化された時に エンフィールドに敗れる。アラビアのロレンスも使用。 |
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1955年 | ![]() S&W M19 |
.357マグナム、6連発。いままで44〜45口径用の大型Nフレームに しか撃てなかった357マグナムをミリタリー&ポリスと同じ中型Kフレームで 撃てる様にした製品。Nフレームのハイウェイ・パトロールマンと共に 警察関係に最適な口径と言われる。 |
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1955年 | ![]() コルト・パイソン 6in |
コルト社の最高の技術を結集して作られた一流品。357マグナム、6連発。 特に初期の製品は仕上げが素晴らしく評価が高い。価格もかなり高価だったため、 廉価版として口径を38スペシャルにし、機構も違うダイヤモンドバックが作られた。 精度良いパイソン銃身とS&W のフレームを組み合わせてスマイソンという カスタムガンも現れた。 1990年発表の44マグナム口径のアナコンダは外見こそ同じだが評判が悪い。 コルト社の衰退を象徴している。 |
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1956年 | ![]() S&W M29 |
44マグナム、6連発。当時拳銃弾では最強の44マグナム弾誕生と共にデビュー。 44スペシャルのケースを伸ばし強力にした44マグナム弾はS&W 社の要請でレミントン社で 開発された。銃のほうは大型のN フレームに肉厚銃身、ターゲットグリップ、最高のブルー仕上げで 長らくS&W 社のステータスとなった。映画「ダーティーハリー」で使用され有名となる。 |
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1972年 | ![]() ダン・ウェッソン |
357マグナム、6連発。 S&W 創設者の一人、ダニエル・ウェッソンの孫に当たるダン・ウェッソン氏はS&W 社で働いていたが 企業買収で経営者が変わった時にS&W 社をやめ自身で銃器の製造販売を始めた。 ユニークな銃身交換システムや独自の機構を採用し価格も控えて新たな市場に挑戦したが 1978年ダン・ウェッソン氏は亡くなる。 現在は子息が継ぎオートマチックをメインに販売しているようだ。 |
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1973年 | ![]() ルガー・ブラックホーク |
1953年にコルトSAA のコピーモデルとしてデビューしたブラックホークは1973年画期的安全装置を 搭載してニュー・ブラックホークとして登場。リボルバーにはハーフコックしか安全装置が 無いという常識を覆し現在では、全てのリボルバーは安全装置を義務付けられている。 |
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2003年 | ![]() S&W M500 |
.50SW
というとんでもなく強力なカートを5発装填できる。
44マグの約3倍のエネルギーを持つ、世界最強の拳銃カートリッジ発射銃。
想像だが商業的意味しかないような?? フレームは新開発の Xフレーム。ラッチはヨーク内に付いた。銃身も一体型でなく 銃身、シュラウドの2ピース構造。ハンターモデルの銃身先端下部の穴はスリングが 装着出来るようになっている。 |
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